戸田の名店「くにや」に思いを馳せる

さて、4月も終わりが近づいてGWも目の前に迫っています。

以前よりお願いしていた鈴木亮太コーチ(サポートコーチ)が今回、ブログに初登場してくれました。

そのきっかけとして、本人が書きたくなった理由も含めて、読めば分かる熱いメッセージになっています。

是非ともご覧ください。

 

戸田公園の名店「くにや」に思いを馳せる

須田監督から、今年の三月に「くにや」が店を閉めたと聞いた。胸のどこかがふっと空気を抜かれたように軽くなり、同時にぽっかりと穴があいた気がした。あの店は、私にとってただの定食屋ではなかった。若さと無鉄砲さで日々を押し切っていた頃の、支えの一つだったからだ。

当時の私は、実家から通える距離に住んでいながら、朝練(といってもほとんど独りの自主練)に間に合わせるため、合宿所代わりのボロアパートに泊まり込んでいた。隣の部屋からはときどき謎のお経が聞こえ、トラックが通るたびに壁と床が小刻みに震える。
風呂はなく、木造はくたびれ切っていて、いまでは笑い話にもできないほどの住まいだった(大家さん、本当にごめんなさい)。そんな環境だから一緒に泊まる部員もおらず、がらんとした部屋での一人暮らしは、気楽さより先に空虚さが押し寄せてくる。

一人暮らしの最大の壁は、食事だ。運動・栄養・休息――アスリートにとってはどれも欠かせない三本柱の一つなのに、学生の財布は薄い。「安くて、とにかくたくさん食べられる」ことが最優先だった私にとってのオアシスが「くにや」だった。
いま思えば、時代を超えても変わらない話だが、一人だと自炊より外食のほうがコストパフォーマンスが良いときがある。くにやでは、もう食べられない、とギブアップしたくなるほどの定食が700〜800円台。あり得ない。
店に入れば、ママさんをはじめとする「くにや一家のみなさん」がいつも笑顔で迎えてくれる。寒い冬のトレーニング帰りには温かい蕎麦つゆが体の芯まで染みわたり、夏の猛暑のあとは冷たい麦茶とざるそばが火照った体から熱をさらっていく。その繰り返しが、孤食の夜を少しずつぬくもりある時間に変えてくれた。学生時代の孤食を乗り越えた結果、現在の孤独のグルメが爆誕したのは、まあ言うまでもない。

くにやは、須田監督との想い出の場所でもある。私が三年目の冬、須田監督が社会人としてボートを再開された。夜に一緒に練習をして、くにやで栄養補給をして、それからジムへ行く――そんなルーティンが、いつの間にか私の日常になった。
あの冬、部員は周りからいなくなり、他大学がチームで練習する姿を横目に、黙々とオールを握る「ぼっちのスカル侍」だった私にとって、須田監督の存在は背中を押し続けてくれる支えだった。監督はいつもご馳走してくれて、励ましてくれた。感謝を伝えるのは気恥ずかしくて、「ありがとうございます!ご馳走さまです!」とだけ言って、毎回遠慮なくお腹いっぱいにした。言葉にしなくても、後輩に無償の愛情を注ぐとはこういうことなんだと、監督は背中で教えてくれたのだと思う。

そんな思い出の詰まったくにやで、私が毎回頼んでいたのは「カレーセットそば大盛」か「ハンバーグカレー大」。後者は大食い選手権に出せるサイズ感で、いま思い出しても笑ってしまう。当時の私は肉や魚があまり得意ではなく、食事でもそれらを避けて好きなもの、つまり炭水化物ばかりを選んでいた。
イチロー選手だって毎日カレーを食べていたじゃないか、ならば私だって毎日そばとカレーで強くなれる――そんな都合のいい理屈を本気で信じていた。ママさんには「いろんなもの食べないとダメよ」とたびたび心配されたのに、練習後にプロテイン(サプリメント)さえ飲んでおけば栄養は完璧だ、という謎の迷信から抜け出せなかった。いま振り返れば、サプリメントに依存していたと言っても過言ではない。

当然、体は正直だ。朝はエナジーゼリーだけ、昼と夜は炭水化物とプロテインシェイク――そんな日々を続けていれば、トレーニングの質にばらつきが出るのは当たり前だった。ある日はエルゴがガンガン回るのに、別の日はまったく力が入らず踏ん張れない。
そんなアップダウンを繰り返し、試合でも結果を残せないまま、気づけば四年間があっという間に過ぎ去っていた。そのことを思い返すたび、いまでも胸の奥に小さな後悔が疼く。

どれだけ強くなりたいと願っても、自分を変えるための行動に踏み出せなければ、進化はない。強い他大学の艇を観察し、わずかな講習のビデオや本を何度も見返し、日々ハードな練習を積み重ねても、結果につながらなかったのは、やるべきことをやりきれていなかったからだ。いまなら、その一つが「栄養」だったと素直に言える。食事の意識をほんの少しでも改めていれば、0.1秒だって自己ベストを縮められたはずだ。

仕事漬けの不健康な生活に危機感を覚え、本格的に運動を再開したのは三十代半ば。お腹周りの脂肪は頑固でなかなか落ちないけれど、もう一度「運動・栄養・休息」に向き合い、試行錯誤を重ねるうちに、年に一度のトライアスロンで自己ベストを更新することが楽しみになった。学べば学ぶほど、「あのときこうしていれば」と思う瞬間が増える。だからこそ、今の現役部員たちには同じ過ちを繰り返してほしくないと、心から願っている(いや、しないか)。

それでも、くにやのスタミナ定食――あの肉たっぷりのやつを、もっとたくさん食べていたら、あと一秒だけタイムが縮んでいたかもしれない。そんな取りとめのない想像をしながら、閉店の知らせにそっと頭を下げる。ご馳走さま、そして、ありがとうございました。

 

いかがでしたか?亮太コーチが初めて書いてくれた今回のブログ。 その裏には、彼自身が「今だからこそ伝えたい」と思った理由がありましたね。

くにやで過ごした時間が、彼の中でどれほど大きな意味を持っていたのか。 読みながら、皆さん自身の“あの頃”も少しよみがえったのではないでしょうか。

ちなみに、当時の亮太コーチの食生活については、医学的なツッコミは一旦そっとしておいてあげてください。

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