別れの痛みと森の教え

突然ですが、最近の私は少し傷ついています。

一人またひとりと部を去る者が現れ、先日は仕事でも信頼していた部下から突然退職の意向を伝えられました。思いをもって組織を預かり、監督という立場で仕事をしていると、こうした出来事はどうしても心を揺さぶります。

引き止めたい気持ちはあっても、相手の思いを尊重すべきだと考えると、自分は何を伝えるべきなのか、伝えたところで変わるのか──そんな葛藤がいつもつきまといます。

きっと皆さんにも、似たような経験があるのではないでしょうか。

人が生きている以上、別れは避けられません。この世の別れという最も辛いものもあれば、恋愛のように感情が左右する別れもあります。前者はどうにもならないものですが、後者は努力次第で改善できる余地があるのかもしれません。

しかし、私が冒頭で触れた「組織を離れる別れ」は、いつも複雑な思いを伴います。特に、それが貴重な人材であればあるほど、思いを共有できたと感じる相手であればあるほど、残念で、やりきれない気持ちになります。

だからこそ、私が常に教訓としているのは、自分が預かった組織を“辞めたくなるような環境”にしないことです。

もし「あなたが嫌いだから辞める」と言われれば、反省はしますが、正直それ以上はどうしようもありません。人の考えを変えるには、並大抵の努力では叶わないからです。

だから私は、魅力的な組織であることを常に心がけてきました。

「この人は信頼ができる」「この人のもとで働きたい」──理由はもちろん私自身でもいいし、働きやすい環境そのものでも構いません。要は、そのために自分が何をできるかです。立場があれば環境づくりはしやすくなりますが、その分、責任も大きくなります。

そんなふうに、人との関係や組織の在り方に思い悩んでいた矢先、職場の方と北海道を訪れる機会がありました。そこで触れた自然や人々の営みは、私自身の悩みとどこか重なり、心の整理につながる気づきを与えてくれました。

 

旅の初日は函館を経由して、そこから徐々に南下していきました。最終日には松前まで足を運びましたが、さすがにこの季節ですから冬季休館、冬期休止というお店や観光スポットも多くありました。

実は函館には意外と縁があって、仕事でもプライベートでも何度か訪れています。

ですからいわゆる一般的な観光名所はほとんど訪れていますし、知り尽くしていると言っても過言ではありません。

ですが、今回は函館だけでなく、木古内町→知内町→福島町→松前町と移動し、道南の現状というか、これまで知ることのなかった新たな魅力をたくさん知ることができました。

 

さて、そんな道南の旅ですが、メインとなったのはエゾシカの狩猟、ワイルドツアーです。

エゾシカって聞いたことあっても、あまりよく知らない方もおられると思うので、今日は少しここで紹介します。

完全に個人ブログ化してしまっていますね(汗。

 

エゾシカはシカ科シカ属に分類されるニホンジカの一種です。

かつては絶滅寸前まで数を減らしましたが、政府や地元猟師たちによる禁猟政策などの保護活動によって徐々に回復し、2000年代には約65万頭まで増加したそうです。

エゾシカは草原や牧草地を好み、木の芽やどんぐりなどを主食としています。そのため、食料が豊富な海抜の低い土地や、木々の多い山林に多く生息しています。

この日のツアーでは原生林に入りましたが、そこには驚くほど多くのエゾシカが暮らしており、至るところに糞が落ちていました。糞の数からもどれほどの数がいるのかまったく想像もつかないほどでした。

人の手が入っていない自然のままの原生林

【人の手が入っていない自然のままの原生林】

エゾシカが増えすぎていることで起きている問題

動物愛護の観点から「なぜシカを狩猟するのか」と疑問に思う方もいるかもしれません。しかし北海道では、エゾシカによる被害が深刻化しています。

主な被害は農作物や林業への影響です。

エゾシカの食害の約半数は牧草被害とされ、牛や豚の餌となる牧草が食べられてしまうことで乳量の減少や餌代の増加につながっています。北海道の特産品であるトウモロコシをはじめ、多くの農作物も被害を受けています。

また、北海道を代表する希少な高山植物が食べ尽くされてしまう問題も深刻です。放置すれば固有種が絶滅する危険性もあります。

さらに、幼樹が食べられることで森林が再生できず、土砂崩れや落石が起きやすくなる地域もあるといいます。幼樹は食べられると成長できず、根を張れないためです。

エゾシカに食べられた幼樹

↑【エゾシカに食べられた幼樹】

一方で、エゾシカが好まない植物ばかりが増えてしまうなど、自然環境のバランスが崩れていることも大きな問題です。こうした背景から、狩猟は自然環境を守るための対策のひとつとして行われています。

住宅の植木も食べ尽くされています

↑【住宅の植木の葉すらも食べ尽くされています】

狩猟したエゾシカの再利用

狩猟されたエゾシカは無駄にされることなく、さまざまな形で再利用されています。

狩猟したエゾシカを埋葬しました

↑【狩猟したエゾシカを埋葬しました】

この日もハンターによって1頭のエゾシカが狩猟され、山中で丁寧に弔われました。その肉はありがたく食用としていただきました。

狩猟したエゾシカの再利用

↑【狩猟したエゾシカの再利用】

代表的なのは食用としての活用です。鹿肉は高タンパク・低カロリーで鉄分も豊富な、非常に優れた食材です。古くからフランス料理のジビエとして親しまれてきた歴史もあります。

近年の北海道では、学校給食に鹿肉が提供される取り組みも行われています。

 

この旅を通じて強く感じたのは、自然と人間は切り離された存在ではなく、互いに影響し合いながら生きているということでした。エゾシカの増加は単なる“動物の問題”ではなく、私たち人間の営みが自然のバランスを変えてしまった結果でもあります。

また、狩猟の現場に立ち会い、命をいただくという行為の重さにも向き合いました。普段何気なく口にしている食べ物も、誰かの手によって支えられ、命の循環の中にあるのだと改めて気づかされました。

北海道の人々は、自然と共に生きるために、時に厳しい選択をしながらも、地域の環境を守ろうと努力しています。観光では見えない「暮らしとしての自然」に触れ、自然と共存するとはどういうことなのか、自分自身の暮らしを見つめ直すきっかけとなりました。

 

人の心も自然の営みも、思い通りにはいきません。
だからこそ、私たちは「守りたい」と思うものに対して、できる限りの環境を整えるしかないのだと、北海道の原生林で感じました。

別れの痛みも、命の循環も、すべては流れの中にあるもの。

その流れの中で、自分は何を大切にし、どんな場所をつくっていくのか。
この旅は、そんな問いを静かに私の胸に置いていきました。
あなたは、どんな未来を守りたいですか。

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