60年の歴史をたどる(番外編)

さて、第6回の連載で書かせていただきました『歴史をたどる』シリーズ。

いかがでしたでしょうか。

青山学院大学ボート部のことを少しでも知る機会になればと今の私ができる取り組みの一つとして、主観ではありますが、記念誌代わりということで、このブログで書かせていただきました。

もちろんこれが誰にどう届くかは分かりません。もしかすると、ほとんど読まれないかもしれません。

でもこれからこの部がどうなっていくかも含めて出来るだけ多くの方に見届けてほしいと切に願っております。

さて、実は最終回に発したメッセージは11/7(土)の記念パーティーへの伏線も残しておりますが、それはまた当日にお話しをさせていただきます。

そして今回は、60周年連載を書き終えた今、本編では触れきれなかった方々についても番外編として記しておきたいと思います。

本当にこれが最後です。どうぞお付き合いください。

 

番外編①石川先生という存在

まずは、多くのOB・OGが感謝の言葉を口にする人物。

石川信男先生です。

正直に言うと、私自身は石川先生と深い接点があった世代ではありません。

私が入学した頃には部長先生が岩田先生に交代されたタイミングであり、直接ご指導いただいた経験も多くはありませんでした。

そのため、現役時代は石川先生の存在について深く考えたことはなかったように思います。

しかし今回、60周年記念誌を作成する過程で過去の資料を読み返していると、驚くほど多くの先輩方が石川先生への感謝を書き残していました。

記念誌には、『温厚誠実な先生である。』、『親身になって我々のクラブの世話をしてくださる先生は、今後のクラブの発展には不可欠な人である。』という記述があります。

また、レースには家族で応援に来てくださったことも記されていました。

ボート部という組織は、どうしても主将や選手、監督に注目が集まります。

しかし実際には、その後ろで学生たちを見守り、支え続ける存在がいなければ続いていきません。

石川先生はまさにそういう存在だったのだと思います。

そして石川先生といえば、「文武両道」、そして「成績に情(なさけ)は禁物です」という言葉でも知られています。

競技だけを頑張ればよいのではない。学業もまた本気で取り組まなければならない。

当たり前のことですが、それを貫くことは簡単ではありません。

だからこそ、その教えは今でも青学らしさとして受け継がれているように思います。

創部から60年。

その歴史を支えたのは選手だけではありません。

石川先生のように学生たちを信じ、見守り続けてくれた方々がいたからこそ今があります。

直接の接点は少なくても、今回改めて記録を読み返し、多くのOB・OGが石川先生へ感謝する理由が少し分かった気がしました。

 

番外編②石原さんと赤尾さん

本編ではあまり登場しませんでしたが、私のボート部人生を語るうえで欠かせない存在がいます。

石原さんと赤尾さんです。

私が学生だった頃から、いつも私たちを気にかけてくださいました。

食事へ連れて行ってくれることもありました。現役部員にとって、それは単にご馳走になるという話ではありません。

自分たちのことを応援してくれる人がいる。期待してくれる人がいる。そのことが何より嬉しかったのです。

石原さんと同期だった赤尾さんもまた、ボート部への強い思いを持たれていた方でした。

ホテルニューアカオのオーナーとして知られていましたが、それ以上に青学ボート部の未来を心配し、応援してくださる先輩でした。

私自身、直接お話しする機会よりも、「赤尾さんがこう言っていた」、「赤尾さんが心配している」という話を石原さんから聞くことの方が多かったように思います。

いつも私たちの前では笑顔が絶えなかった人でしたが、その頃はなぜそこまで心配するのか正直よく分かっていませんでした。

しかし監督になってから、その意味が少しずつ分かるようになりました。

ボート部を続けること。歴史を残すこと。それは現役部員だけの話ではないのです。

卒業した後も気に掛け続ける人がいる。支え続ける人がいる。その思いが積み重なって初めて組織は続いていくのだと思います。

監督就任後も、石原さんは変わらず支え続けてくださいました。

うまくいかない時も。部員が集まらない時も。結果が出ない時も。いつも気に掛けてくださいました。

今振り返ると、自分はボート部を再生したというよりも、石原さんや赤尾さんをはじめ、多くの先輩方から託された思いを預かりながら走ってきただけなのかもしれません。

60周年を迎えた今だからこそ思います。部を支えてきたのは現役だけではありません。

競技に出ていない時も。

艇を漕いでいない時も。

ずっと気に掛けてくれている人たちがいました。

石原さん。

赤尾さん。

そして同じように青学ボート部を思い続けてくださった多くの先輩方へ。

改めて感謝を伝えたいと思います。

本当にありがとうございました。

 

番外編③記念誌に残された言葉たち その1

60年後の私が立ち止まった言葉。

60年シリーズをたどるにあたり、過去の資料や体育会誌を読み返しました。

すると、歴史そのものよりも、そこに残された言葉に何度も立ち止まらされることがありました。

不思議なことに、50年以上前の先輩方が残した言葉が、今の青学ボート部にもそのまま当てはまるのです。

今回はその中でも特に印象に残った言葉を紹介したいと思います。

 

「伝統もなく、誇りとすべきものもないクラブの中で、我々は自分達の手で少しでもよい誇りとなるようなものを作り出そう」

創部11年目の頃に書かれた言葉です。

60年の歴史を振り返った今だからこそ驚くのですが、この言葉はまるで第5回で書いた「再生」の時代そのものです。

部員がいない。実績もない。環境も整っていない。だから何もできない。そう考えてもおかしくない状況でした。

でも先輩方はそう考えませんでした。

ないものを嘆くのではなく、自分たちで誇りを作ろうとしたのです。

そしてさらに驚くのは、この文章を書いたのが後にOB会長となり、私に監督就任を依頼してくださった長島明さんだったことです。

創部期も。再生期も。長島さんの考え方は何も変わっていなかったのかもしれません。

 

「勝つことが、自分たちの誇り高き伝統となり、本学体育会の誇りとなることを心から切望している」

これも長島さんの言葉です。

第6回で私は、「インカレに出るだけでは満足できなくなった」と書きました。

面白いことに、50年以上前の先輩方もまったく同じことを考えていました。

試合に出る。それだけではなく勝つ。勝つことで歴史を作る。勝つことで伝統になる。

そんな思いを当時の先輩方は持っていました。

私たちが今抱えている課題や悩みは、新しいものではないのかもしれません。

実は創部の頃から同じテーマに向き合い続けているのです。

 

「希望あって自ら道は開けるものと思い記してみた」

これも長島さんの言葉です。

個人的には、この一文が一番好きかもしれません。なぜなら、この言葉の中に青学ボート部らしさが詰まっている気がするからです。

創部の時も。再生の時も。そして今も。

決して恵まれた環境だったわけではありません。でも希望を持つことをやめなかった。だから道が開けた。そんな60年だったように思います。

今振り返ると、60年の歴史は単なる戦績の積み重ねではありませんでした。

誰かが挑戦し、誰かが諦めず、誰かが次の世代へ託してきた歴史だったのだと思います。

そして、その思いを言葉として残してくれた先輩方にも感謝したいと思います。

 

番外編④記念誌に残された言葉たち その2

仲間という価値。

60周年連載の最終回で、私は「私たちが欲しかったのは人数ではなく仲間だった」と書きました。

記念誌を読み返してみると、実はその答えもずっと前から書かれていました。

 

「ボート精神とは何か。それは一言でいえば協調の精神ではないかと思う」

当時の主将だった吉岡康志さんの言葉です。

ボートは個人競技ではありません。個性も違う。体格も違う。経験も違う。そんな人たちが一つの艇に乗ります。

だからこそ、協調しなければ前へ進めない。苦しい時に励まし合う。信じ合う。そして一つになる。

それこそがボート精神だと吉岡さんは書いています。

60年経った今でも、その本質は何一つ変わっていないように思います。

 

「先輩諸氏はその不利な条件の中で苦労を重ね、現在の我々のクラブの基礎を築きあげてきた」

同じく吉岡さんの言葉です。

私がこの文章を読んで一番感じたのは、「感謝の連鎖」でした。

吉岡さんは創部の先輩方へ感謝している。私たちは吉岡さんたちの世代へ感謝している。

そして今の部員たちもまた、過去の世代の積み重ねの上に立っている。

青学ボート部は60年間そうやって続いてきたのだと思います。

 

「ボートのメンバーシップは非常に重要です。一人でやれるものではありません」

江原康平さんの言葉です。

これを読んだ時、第4回から第6回までの内容が頭に浮かびました。

部員が二人になった時代。休眠状態になった時代。鏑木一人になった時代。

どの時代も苦しかった。

でも乗り越えられた。

なぜか。

結局は仲間がいたからです。

60周年連載を書き終えた今だからこそ思います。

 

歴史を振り返って見えてきた答えは、とてもシンプルでした。

勝利も大事。

伝統も大事。

歴史も大事。

でも、そのすべての中心にあったのは仲間だったのだと思います。

だからこれから先も、青学ボート部が大切にするべきものは変わりません。

仲間とともに挑戦すること。

そしてその思いを次の世代へ託していくこと。

60年間続いてきた歴史は、きっとこれからもそうやって続いていくのでしょう。
それこそが、60年続いてきた青学ボート部の本当の財産なのだと思います。

 

以上、最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

これから70年、75周年という節目の時にはきっとまた誰かがこの物語を継承し、紡いでいてくれるのでしょう。

この思いがいつか、また誰かに届きますように。

 


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