現在の実力と悲運と現実

梅雨が明け、本格的に夏が到来していますが、本当に暑いですね。

毎年のように今年の夏は暑いと口にしていますが、今年の夏もやっぱり暑いです。

ボート部も現在は大学のテスト期間を迎えていますが、これが終えれば待ちに待った?夏の集中練習が待ち構えています。

今年は例年になく賑やかな?慌ただしい?夏にもなりそうですが、この取り組みについてはもう少し整理してから改めて報告をしたいと考えております。

さて、随分とブログを更新していない気もしましたが、2週間ほど留守にしていました。(実際にではなく、監督業としてです)

その2週間ぶりの復帰が、先週末に戸田ボートコースで行われた東日本選手権でしたので、まずはそのレース回顧として振り返ってみたいと思います。

出漕したのは今季ずっとクルー固定してきたシングルスカルの飯尾とペアの淡路、白川です。

飯尾に関しては、今季の目標を『インカレ出場のためのエルゴ基準超え』と1年前のインカレから掲げて取り組んでくれましたが、残念ながら記録達成には至りませんでした。

よって、インカレ出漕は見送り、この東日本選手権が今季取り組んできたシングルスカルでの集大成とも言えるレースになるはずだったのですが、結果としては決勝D組5着、総合23位という結果に終わりました。

そのレースでも土曜日に行われた予選こそ、持ち前のスタートダッシュから飛び出し、共に伴走するコーチの結城さんと「もしや?」と一瞬思わせてくれたのですが、中盤から後半にかけてズルズルと後退していき、終わってみれば4着という結果に沈みました。

この時、傍から見る我々の目にも課題として明白だったのは、エルゴ基準の達成に至らなかった原因でもある2000mを漕ぎ切れる体力がまだまだ付いていないこと、また上半身主体の漕ぎが顕著であることからパフォーマンスを最後まで維持できず失速する点でした。

これはもちろん本人もその課題を理解し、試行錯誤取り組んではきましたが、インカレ出漕を断念せざるを得なかった気持ちも含め、レースの結果としても表れたのかもしれません。

翌日の順位決定戦では予選タイムからチャンピオンレーンである3レーンを獲得し、この組での1位フィニッシュが期待できたものの、終始後方から消極的なレース展開となり、終わってみれば前日のタイム差も大きく逆転される結果に終わってしまいました。

飯尾にはインカレを見送る際に、来季を見据えての次なる目標をこちらからもいくつか提示をし、再スタートを切ったものの、気持ちに面も含めてこの大会の位置づけが曖昧にもなっていたのかもしれません。

インカレの出漕資格にあたるエルゴの基準タイムについては今なお、大学連盟をはじめ議論を続けているものですが、やはり一定の水準を設けることは大会運営上、必要な措置であるとされています。

特に小艇だけがこれを遵守すべく、公式記録を提出の上で出漕しなければいけない制度となっている以上は、いかにしてこれを乗り超えられるかが、漕手に課せられた使命でもあるのです。

では果たしてなぜこの1年で基準を超えることができなかったか、そこは冷静にきちんと自らが目を向けてほしい点でもあり、彼の今のポテンシャルであれば決してクリアできないものではないとも思ってもいます。

こればかりは常日頃からその意識を持ち、自身の行動や取り組みで変えていく他ないのです。

いわゆる『7分の壁』というやつですが、これは今後、1年生にも同様に圧し掛かってくるものでしょう。

ですが、皆がこれを当たり前にクリアして、インカレではレースで凌ぎを削っていくことこそ当たり前となるよう、スタッフである我々も導いてやらねばとこちらも再度気を引き締めたところです。

 

そして同じくこのレースに出漕したペアの淡路と白川ですが、決勝進出こそ果たしましたが、こちらも7艇中6位と成績は奮わずインカレ前の最後のステップレースを終えることとなりました。

要因の一つにはインカレでも上位を争うであろう大学が、それも複数エントリーしてきたことがあります。

もう一つは、今なお、技術面の課題が未解決であることが敗因にあげられます。

それでも強豪とのレース経験は彼らを大きく成長させるものであるということをレースを通じて改めて気づかせてくれました。

それは速いクルーがいるからこそ、傍目で見る我々ですら何が足りなくて、インカレまでにどうならなければいけないかを考えさせられる機会にもなったからです。

そのレースですが、予選では圧倒的な実力を誇るN大学にスタートから離されたものの、M大学とは1000mまで一進一退の攻防を繰り広げてくれました。

むしろこの1000mまではタイムでもこちらが勝っていたのですから、このまま押し切れるのではという淡い期待もありましたが、後半はその期待を見事に裏切られるだけの力の違いを見せつけられることになったのです。

第3クォーターこそ1艇身差でなんとか粘りを見せていたものの、第4クォーターでは相手のラストスパートによって結果的に10秒以上引き離され、完膚なきまでに打ち負かされたのです。

レースを終えて陸に上がってきてのクルーや部の様子はお通夜のような雰囲気すらありました。

さすがにこの差が現実と捉えると厳しいものはありましたが、むしろ課題の方が多くあるため、その点をいかに修復するかでクルーは見違えるほど成長するのもはっきりとしています。

ただ、そのためのヒントや実行方法をはっきりと見出しづらいというのが、この時の我々の本音でもありました。

それでもまず明日に向けて何が出来るかと思い立ち、教え伝えたことは互いにそれぞれが力を発揮することより、共に推進力を生み、一緒に艇を進めることでした。

そのためにも水をいかに固定できるか、それが解決の糸口となるので、この日の午後は私が並漕しながらその感覚を直接彼らに伝えてみました。

もちろんあくまで感覚上の話しなので、これが劇的な変化をもたらすとは思っていませんでしたが、少なくともこの日のレースで出た悪い部分を極力減らし、今あるスピードを発揮することにはつながるものと思い、伝えたものでした。

そして迎えた翌日、決勝戦ともあってさらなら強豪揃いの面々ではありましたが、臆することなく自分たちの今できる最大限のパフォーマンスを発揮しようという気持ちだったことでしょう。

スタート序盤。スピードより協調を重視させたこともあり、やはり昨日よりは出遅れるかたちとなったもののリズム自体は悪くなく、むしろ余裕をもって前半を入っていくことができました。

そしてこのリズムであれば後半にかけてもスピード任せではなく、水中維持ができるだろうと思っていたところ、1000m手前で思わぬアクシデントに見舞われたのです。

一瞬何が起こったのか分からないくらいに初めて見る妨害行為にも見えたのですが、これは決して意図して行われたものでもないでしょうから、レース中のアクシデントと思うしかありませんでした。

(ちなみにこの件はレースを終えて審判長とも真摯に話し合いを行い、双方同様のことがないよう納得し合っています)

そして当然、レースをしていた当の本人たちは、まさかの予期せぬアクシデントに見舞われたことで、それまで良かったリズムを一瞬で崩され、焦りに焦った姿は、昨日のそれに逆戻りしていたのです。

結果、第4クォーターこそ昨日のレースよりはタイムを縮めたものの、各大学のクルーには大きく離されての結果に終わってしまいました。

これが現在の実力でもあり、ある意味では実力すら発揮させてもらっていない悲運もあって複雑な心境でしたが、力が勝っていればこうなることすら回避できたのも現実です。

それでもこの結果から残り1か月で20秒速くなることが必要ということははっきりと分かったのです。

普通にさらっと書きましたが、1か月で20秒を速めることができるわけ…ないと思いますよね?

もし仮にこれをボート関係者が見ていたとすれば何を言ってるのかと嘲笑うかもしれません。

それでも私はこの二人がそれを秘めたポテンシャルであると今でも信じています。

そしてそのためには私では到底力不足だからこそ、監督としてできる最大限の支援として魔法使いを再び招聘することにしたのです。

 

さて、今回は2週間ぶりの更新ともあって、だらだらとレース回顧中心に書かせていただきました。

土曜日のレース当日は結城コーチ、そして小賀坂OB会長、さらにはOBの倉形さんが10数年ぶり?に戸田の地に駆けつけてくれました。

また保護者の方からも連日のように暑いボートコースでの冷たい差し入れをいただき、応援のみならずサポートいただきました。

こうした皆さんの支えあってのボート部ですから、多くの人に喜んでもらい、楽しんでもらうにはやはり我々は結果でお返しすることしかできないのです。

結果とは勝利だけではない、見る者を魅了する一生懸命さもその一つです。

より多くの人が応援し、支えてくれるようになるためにも、レースだけでなく、日々の練習、活動からしっかりと取り組んでいかねばなりませんね。

いざ、夏の陣へ向けて!皆で頑張ってまいりましょう!(そしてこの続きは近日中にまた)

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